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Yet Another Brittys Wake

the wonderful widow of eighteen springs

初天神

memoires

亡夫は高校生のみぎり北野天満宮に合格祈願にいったそうだ。

さすが本家、拝殿のまえはごったがえしていて亡夫もまた人波の後ろのほうから賽銭を投げたとか。

「すると社殿の柱に当たって小銭が跳ね返ってきたんだ」

「へえ」

「親父がそれを聞いて『天神さんえらい良心的やな』」

「そうだねえ」

なお翌年のお賽銭はめでたく嘉納された模様。ちなみにこちらは地元の天神さんだったようです。

 

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KOF2015 へいってきました+FLOSSまわり近況

wikimedia self event

いってきました、って他人事みたいですが、ともかくまあ関西オープンフォーラム(KOF2015)へいってきました。先週の金・土、11月6日・7日です(KOFは毎年11月はじめの金・土2日間です/来年は11日・12日。最近どんどん前へ出るのでいちど後ろへ戻すとのこと)。

k-of.jp

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フェアプレイ

memoires games

あるブログのコメント欄にこんなことを書いた。

ボードゲームのデザインをされている知人が、ご夫婦ともゲーマーの方をお迎えして多人数ゲームの卓を囲むのは実はしんどいと語ってくれたことを思い出しま した。紳士淑女であるほど相方に対してとりわけ辛い手の応酬となり、他のプレイヤーがいたたまれない思いをするほどだそうです……。

その方は公平にプレイしようとするとかえって手が辛くなる、という風に捉えておられたが、うんそういう面もありますが、それだけではない。ちょっと違う。少なくともわたくしの場合はそうだった。

もう少し正確にその方の発言を再現すると、夫婦の場合、お互いに結託するか、公平に振舞おうとするかどちらかに分かれるのだが、練達のゲーマーであるカップルは公平に振舞おうとすることが多い、そしてそのような紳士淑女はかえって相方に手が辛くなる。将棋でいうところの友達をなくす手ですな。だが夫婦は友達ではないからのう。さて、ここで鍵となるのは公平さである。わたくしどもが紳士淑女だといっているのではないですよ、ただボードゲームというもの、他にも遊び仲間がいる。その方々がどう捉えるか、気分を悪くされるのではないか、ということもちらと脳裏に走る。つまり、相方に対してあまりに辛い手を指して、前の日夫婦喧嘩でもしたのではないか、と思われるのも叶わない。それで緩すぎもせず辛すぎもせず、ぴったり最適手を捜そうという意識が常以上に強くなる。そんなこと考えずにいつものように最適手を淡々と探せばいいようなものだが、ご見物を考えてしまうのですね。この時点で平常心ではなくなっているのだが、卓を囲んでいる最中にはそのことには気が付かない。

さてそこでゲームの終盤、奴がトップを走っていて、わたくし自身は四番手くらい、そういう状況と思いねえ。そこで手番がわたくしに回ってきたのだが、ちょうど手持ちの札がトップを直撃できる程度、そこで戦力をありったけつぎ込んで奴をトップからひきずり下ろした、結局誰が勝ったかは覚えていないが、そこで奴が怒ったんですね。激高した。わたくしが奴を引きずりおろすためだけに行動した、といった。そのときはゲーム合宿で何人かでほぼその宿を貸切状態だったのですが、食堂で二人で夕食を採っている間ずっとそのことをいっていた(賢明なみなさまはゲーム直後から我々の間に流れる不穏な空気に気づいてか近寄ろうとしなかった)。曰く「君がそんなにゲームを知らない人だとは思わなかった」。

奴がわたくしの機動をどう解釈しようが知ったことではないのですが(それこそ君がゲームをそんなに知らない人だとは思わなかった)、これにはわたくしもカチンときました。わたくしだってゲーマーのはしくれですからね。そこで独走状態のトップを狙い撃ちするのは多人数ゲームの基本であり、自分の点をたんに上積みするより全員の持ち点を均等化し上位と中下位の差を一定に保つのは中位プレイヤーとして可能な戦略のひとつである、それが分からないとは情けない、君こそゲームを知らない人なんじゃないのかみたいに、まあ倍返しですよね倍返し。そこで悔しそうに奴が唇をぎゅっと噛んだ顔はみものでしたよ。「わかったよ、取り消す」かなんかかろうじていいましたが、彼は自分から絶対謝らないのね。だからごめんとはいいませんでした。それは覚えてるんだ。

その晩ですか?暖かくして屋上にふたり寝転んでプレアデスを見ましたよ。冬の星をみてゲームをする合宿だったのです。コンクリートの床が冷たかったなあ。

 

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ピクルス天国

recipes

ここ数年、わたくしは日曜日が買物日なのだが、なのでおとといはびっくりしました。野菜急に高くなってますね。遺族年金でつましく暮らす40代としては、なので先週から軒並み100円づつ値段があがった野菜には手を出しかねて、でもいいもんね、ぼくにはピクルスがある。

写真をお見せできないのが残念ですが、冷蔵庫をあけるとガラス瓶に色とりどりのピクルスが収まっていて、しあわせな気分になります。とくにこう、野菜が急激に高くなったときには、よかったピクルス作っておいてという気分になります。こうなったのは、8月末に毎朝たべるつもりで野菜を漬けたのを、なんだか月末とてもけだるくなってシリアルと牛乳(だけ)の日々がしばらく続いたからですが、まなんだ怪我の功名だ。なので野菜室に萎びたミニトマトとかあるけど、それは違う話なので気にしない(あとで料理します……なにドライトマトだと思えば……)。

いまあるのは、赤玉ねぎのピクルス、キュウリのピクルス、プチトマトのピクルス、三種。赤玉ねぎはいただきもの。自分ではあまり買いません。淡路産の大きいのをいただいたので、漬けてみましたが、日がたったせいかだいぶ色が酢にでてしまい。でもおいしいので気にしない。キュウリは横に半分に切って、さらに縦に割って、種をスプーンで取るのは均一に漬けたいからですが、いちばんおいしいのはここだよねえ。なので種のまわりのぬらぬらは、さっとしょうゆをからめてごはんにかけて食べてしまいます。山形だしみたいな感じでおいしいよ。閑話休題。プチトマトは湯剥きをしましたが、もとは一週間くらいで食べきるつもりでした。半月以上たってしまうとちょっと漬かりすぎ。長期保存にはひょっとすると皮を剥かないほうがいいのでしょうか。どなたかご教示いただければ幸いです。どれも生で食べますが、プチトマトは刻んでオムレツの具にもします。中近東でよく食べたトマトのオムレツは、さっぱりして夏向きの一品だと思います。

ピクルス液は、枝元なほみさんの酢の素レシピに依っています。いまある三種はリンゴ酢を使いますが、米酢を使うこともあります。和のもの、中華ものは米酢、洋風のものはリンゴ酢という使い分けです。野菜をたくさん漬けようとおもうと酢を結構使うので、安い時に数リットル、瓶にして二、三本買い込んでおきます。腐らないので納戸に閉まっておくのが吉です。つうかときどき買い置きがあるのを忘れて次のを買ってしまうんよ。まあ腐らないからね。

瓶ですが、専用の密封容器のほか、ジャムの瓶を使っています。毎日使いまわす・長期保存を考えないでいいなら、ジャムの瓶は便利です*1。元来は梅酒用だった大きい瓶もあるんですがこれは今年はらっきょうを漬けたので……今年?いやもう去年か…………カレーの付け合せに漬けたんだけどすっかり忘れていた。わはは。とにかく大きい瓶もあるんですが、きゅうり1、2本漬けるには大きすぎます。ジャムの瓶なら開封後冷蔵庫にいれて使えますし、ていうかわたくしは開封前もピクルスは冷蔵庫に入れておくことが多いです。目安としては、キュウリ1本がだいたいジャムの瓶1つにおさまる感じ。瓶は使う前に、しっかり煮沸消毒します。鍋にたっぷりの湯を張って、沸騰してから瓶を入れて、2分は煮たいですか。菜箸であげて、清潔なタオルの上に並べて、乾いてからピクルス用に使います。ここをサボると雑菌が入ってピクルスが日持ちしなくなる、らしいですが、わたくしはここはまだ失敗したことないので(えへん)、伝聞です。理想をいうと初期の無印良品で出ていた750ミリリットルですか、の巨大な寸胴瓶がいいのですが、あれめっきりみまくなりましたねえ。なのでもうちょっと小さいのを使っています。350ミリリットルくらいまでは使うかな。

料理する気力がときに途切れてしまうこともある身には、新鮮な野菜をたっぷりいつも常備するよりは、日持ちのするピクルスにしておいたほうが安全、というのはやや後ろ向きでしょうか。でもピクルスおいしいですし、箸休めがほしいときに、重宝しています。そのままたべても、ゴマやかつおぶしをかけても、おいしいです。ガラスの瓶に入ったキュウリのピクルスを横目に、そういや『ガリヴァー旅行記』にはキュウリに詰まった陽光を再び抽出する話ってあったよなあ、ということを思いだしたりします。夏に漬けたピクルスには夏の残り香がある、といったらいいすぎかしら。

夏野菜はもう急速にオフシーズンへ向かってますが、まだまだ新鮮な野菜はしばらく出回り続けます。いまからでも、ピクルス遅くないですよ。

 

 

 

 

*1:逆に長期保存するなら、もっと大きな瓶がいいと思います。夏の名残にほんの少し、というのも風流ではありますが、労力に見合ってない気が個人的にはします。

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ダニーがんがった

shogi

承前

この手(引用者注、第95手☗2三歩)を見て羽生が頭を下げた。☖1二玉☗1三歩☖同玉☗2四金☖1二玉☗2二歩成☖同玉☗2三馬☖2一玉☗2二歩以下、歩の数が足りてぴったりの詰み。羽生は額に手を当て、じっとうつむいている。やがて糸谷が何か羽生に話しかけた。関係者が対局室へなだれ込む。主催紙によるインタビューが始まった。
終局時刻は21時26分。消費時間は☗糸谷4時間14分、☖羽生4時間44分。勝った糸谷は挑戦者決定三番勝負を制し竜王挑戦を決めた。規定により同時に七段昇段を果たした*1。七番勝負第1局は10月16・17日(木・金)、アメリカ・ハワイ州「ハレクラニ」で行われる。

2014年9月8日 挑戦者決定三番勝負 第3局 羽生善治名人 対 糸谷哲郎六段|第27期竜王戦

糸谷先生、竜王戦挑戦おめでとうございます。森先生が短い言葉ながらとても嬉しそうでみているこちらも嬉しくなる。いやあ、朝から進行も速く、序盤で早々に飛車交換するよな激しい将棋で息を詰めるようにみていたのですが、それで疲れてしまって夕食がてら他出したところその間に終局してしまったのは不覚。あんまり気をいれて見ていたので、解説会が大阪であることすら忘れていたという。

森内俊之竜王はこの間の春まで名人でもあった方で実力者ですが、ご当人があるインタビューでおっしゃるには「わたしは誰とやっても五分なので」、だからダニーにも勝機はある……と思うんだけど……それはおいて、森内さんの将棋も(藤井先生や糸谷先生ほどではないのですが)わたくし好きなのです。藤井先生の将棋を並べていると水遊びをするような悦びがあり、いっぽう森内先生の将棋を並べていると寿命が延びる感じがします。とても落ち着いていてそして楽しい気分が静かに涌いてくるのです。森内対糸谷戦は、だからとても楽しみですね。瞬きもできない場所に連れていってくれた対羽生挑決三番勝負のあとに、糸谷森内両棋士はどんな世界をみせてくれるのだろうか。

竜王戦は七番勝負なので先に4勝したほうの勝ち。基本的にはわたくし世代が近いほうの方を応援することが多いのですが、今回はね。今回は迷うことなく糸谷応援です。こういうのは理屈じゃないんだなあ。とつくづく思います。サルトルじゃないけど問いをたてるときひとはその答えをすでに知っている。選択というのはそういうもの。

 

なお大学院生のタイトル挑戦は初だそうです。阪大生の挑戦も初ですね。ていうかダニー以外に阪大生の将棋指しって過去を含めていないわけだが……三段リーグに阪大生がひとりいるので、今後増える可能性はあります。いまだプロではないかたなので名前は出しませんが、彼にもがんばってもらいたい。はよプロになって巨大生物を飼うという夢をかなえてほしいと思います。

糸谷新七段は大学院は去年から休学してるそうなのですが、するとM2になったところで休学していまは2年目ですね*2。阪大の博士前期課程は休学期間も含め4年間在学できるので、残るのはあと1年余ですか。ひょっとしてひょっとかして、竜王になってしまうとたいそう多忙になり、大学に戻ってくるのはさらに難しくなるだろうから、それがちょっともったいない気はします。ちょっと、であって、すごくではない*3。そもそも阪大文学部はわたしが知っている限り「えー仕事やめて大学にもどる?馬鹿なこと云うんじゃない。せっかく就職したのにもったいないとおもわないのか。大学にはいつでも遊びにきたらいいだろ?どうして仕事やめなきゃいけないんだ?研究はしたらいい……誰も君が研究するのを止めてないだろ、研究は大学にいなくても出来る」みたいな先生の巣窟なので、院生糸谷君を是が非でもひきとめようというような人はいないような気がする。

*1:引用者注:公式プレスリリース

*2:MとってD1で休学した可能性もあるのか、と更新してから気がつきました。修士号取ったかどうかは待兼山論叢みればわかることですがめんどいのでパス。当該号をどこにおいたかわからないという。

*3:制度上、博士前期課程を中退してしまうと修士論文は提出できません。修士号もだから取れない。でもいったん書いたことを論文としてどこかに投稿することとそれは別義です。

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即効英単語

learning

 

先日、買ってみた英単語増強本が案外によかったのでみなさまにもご紹介したい。

 

Instant Word Power (Signet)

Instant Word Power (Signet)

 

 

USD7.99 なので街の本屋で買っても千円はしないだろう。わたくしは Amazon で買いました。結構待たされたのはベストセラーだからか、消費税増税まえで駆け込み購入が多かったからなのかはわからない。なんでこの本を買ったかというと、それは消費税増税まえだったからです、ってそれは時期の説明でしかないか。

さいきん英語を読む機会が減っているせいか、はたまた老化のせいか、英語をよむのが微妙にきつくなっていることをこの半年くらい折々に感じるようになった。読むスピードがおちて、いままで声にださなくてもそのまますっすっと頭に入ってきた文章が脳裏に音をイメージしなければつらくなってきた。それでなにかしないといけないなあとおもっていたところに消費税増税、で買うなら三月中だよねえ、とおもっていたところに 英検1級前後レベルの単語帳7冊と順序(素案) - 読書猫 を拝見した。3月30日のエントリなのでわたくしもたいがい泥縄ですね。ちなみにこちらのエントリでは

 

1100 Words You Need to Know

1100 Words You Need to Know

 

 も紹介されていて、これはいいものだ。だが版形が大きいのであんまり持ち歩くのに適さないのが困りもの。机において書き書きするタイプのドリルなんですね。Instant Word Power(以下 IWP)のほうはよくあるペーパーバックサイズなのでかばんにすとっと入る。風呂で読むのにいいサイズなのだ。紙もざらっとしたいかにも作りの安い本で、がんがん読み潰し書き潰すのに向いている。

そう、どちらも中にじゃんじゃん書き込んでいくタイプの本である。問題があって解答欄があってそこにガジガジと書き込んでいく。ほげほげという意味―(空欄)というタイプの問題と、例文のなかに空欄があってそこに適切な単語を埋めるタイプの問題が混在している。どちらも文章のなかで単語や熟語を覚えていく態度は一貫している。ただしいメソッドですね。わたくしは本に書き込みするのには鉛筆が好きなので、ひさびさにBの鉛筆を何本か買った。上質紙の 1100 ... のほうはともかく、IWP は紙が粗いのでシャープペンシルだとずぼっと孔があきそうで怖い。ともあれ鉛筆削りで芯をくるくると尖らせていると、なんだか勉強するんだという気がたかまってきますね。あれは不思議。なお IWS のほうは解答欄が狭かったら別紙を用意して書けと注釈がついていた。版形が小さいのと、紙が粗いのとで、大きい字で筆圧も強くわしわしと書きたい方はそのほうがいいかもしれない。こういう教則本のたぐいは潰して潰してなんぼという気がしますけれども。

上記エントリで id:koshka-j さんはちょっと脅しすぎなんじゃないかという気もするが、学部生なのでというのもあるのだろうか。少なくとも管見の限りでは 1100 ... は1ページに二三知らない単語があるものの説明の文章が読めないというほど難しくなかった。IWP のほうはおっしゃるとおり、これをやったから語彙力が劇的に向上するという感じはもっていない。1回がだいたい30分ですむレッスンが合計38課あるうちには、下手すると一課に知らない単語がまるまる出てこないこともありえて、出てきたとしても、いやぁその単語いままでみたこともないしこれから先も使わんよな……てな難読語だったりで (sesquicentenial*1 なんて使います?市制百五十年周年記念とか?まあ合衆国ではそれはたいしたことなのかもしれないが……)、語源考察をベースにユーモアの利いた例文を重ねるつくりにすいすい読めるものの、どこまで英語力の向上に役立っているかは疑問である、とおもっていた。

そう、疑問である、そうおもっていた。つい先日までは。

ある英文記事(たぶん Financial Times の文化欄)をある日つれづれに読んでいると、ある単語が光ってみえた。impediment だったか impede だかそれは忘れたが、とにかく文章のなかでそこだけ浮き出てみえた。Instant Word Power で最近習った単語である。この単語自体はそれほど難しい単語でなく、だから初めてみたというのでもなかったのだろうが、自分はすっかり忘れていた。それでどうやら、物覚えが悪くなり、それもある単語を知らなかった経験をしたということ自体を忘れるくらいに悪くなっていたらしい。IWPで「この単語みたことないなあ」と思った単語が、実はしょっちゅうみるけどたんにそのたびに忘れていた可能性もあることに、そこではじめて思い至った。これはちょっと慄然としますですね。老化か、これが老化か。

IWP では同じ単語がなんどもなんども登場するのだが、その分脳にすりこむ効果は絶大だということなのだろう*2。自分のように初老にさしかかり物覚えが悪くなってきたものには、新しい語彙を増やすというだけでなく、基本的な語彙の再定着を図る意味でも、IWP のメソッドでの語彙強化は意味があるかとおもった次第。まして若い方には効果は絶大だろう。単語力増強の必要性を感じる方にはぜひおすすめしたい。

*1:誤字。正しくは-ennial。スペルチェックをサボるとこういうことになります。

*2:なお繰り返しの効果は 1100 ... でも使われているが、IWP ほどしつこくない。

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はじめての五枚落ち

shogi memoires

ひょんなことから将棋道場に通っている。アットホームというおよそ将棋道場らしからぬ名前だが、将棋道場なのである。正式名称を「伊丹将棋センター・アットホーム」という。道意線の北側の入り口のすぐそば、その三叉路からみて、じゅうじゅうカルビの向かい側ただしちょっと手前にある(ローカルな話で他地方のかたには申し訳ありません)。

北摂に将棋道場は珍しい。石橋には碁会所がある。伊丹の駅近くにも碁会所がある。塚口はどうだったかなあ。武庫之荘には両方ないのかな、いや私が知らないだけか。囲碁はやらないので普段の通り道にあればたまたま知っている程度である。でも逆にいえばそんなわたしでも複数の碁会所を知っているくらい、この界隈には碁を打つひとたちがいる。いっぽう北摂に住んでもう20余年になるが、将棋道場ははじめてみた。*1

新聞小説の延長で観戦記を読む小学生が長じて、不幸な事件があって将棋から気持ちが離れた話は以前書いた。そもそも将棋の記事を喜んで読んでいた頃も、自分で指そうという気はまったく起きたことがなかったのである。そんなわたくしが、将棋道場ってちょっといってみたいな、と思うようになったのは、『ひらけ駒!』がきっかけだった。自分とあまり年の変わらない女性が、将棋道場に通ったり女子の団体戦にでたりというのがいかにも楽しそうで、しかしいきなり福島*2や十三*3へいく勇気も持てなくて、いやあなたそこで笑ったでしょう、でもお作法のたぐいを知らないでそういう場所へいくのは勇気がいる。なにしろこちらは駒をもったこともなければ、他人と指したこともないのだから。それに電車に乗っていくともなれば、それなりに身奇麗にしていかねばなるまい。わたくしはそういうことがとてつもなく面倒くさい性分なのである。

さて数年前四十肩をやり、整骨院に通っていたことがあった。待合室で浦野真彦『1手詰ハンドブック』を解いていると、整骨院の先生が「すごいや、将棋の本だ」と明るい声をあげた。「こんど将棋指そうよ、将棋盤もってきてよ」という先生と話をするうちに、近くに将棋道場があるということがわかってきた。それが伊丹アットホームだったのである。診察時間の合間に通っては小学生に負かされていると陽気に話す整骨院の先生に、釣り込まれてなんだかわたくしも笑いが出た。

実際に伊丹将棋センターにいってみたのは、さらに1年くらいたっていたろうか。石橋で歯医者にいった帰り、自転車で通りかかると夜も遅いのに灯りがついていた。石橋にいくとわたくしはいつも少し寂しい、人恋しい気持ちになる。なのでか釣り込まれるように階段をのぼっていくと、男性が数人、将棋を指すでもなく話をしていた。そのなかでひとり年配の方がいて、それが席主の梶井さんだった。口数の多い方ではなく、すこしぶっきらぼうな気もしたがそれはわたくしが緊張していたからだろうか。せっかく来たんだから一局指していきなさいと梶井さんはいって、そこにいた若い人と手合いをつけてくれた。人と指すのははじめてで自分の棋力はわからないといったところ、じゃあ二枚落ちでといわれ当時ハム将棋の八枚落ちにもぼこぼこにやられていたわたくしは気が遠くなったが、二枚落ちの定跡など知らないので本でおぼえたばかりの藤井矢倉に組んで、終盤はだいぶ対戦相手からもヒントをもらって、なんとかわたくしが勝ったという態にしてもらった。みながほがらかでなんとも気持ちのよい晩であった。少し覗いて帰るつもりが一局指したところ二時間近くたっていて、その日はふわふわとした気分で気持ちよく寝付いたが、たんに歯を抜いて疲れていたからということだったのかもしれない。

 

それで将棋道場に精勤するようになった、わけではなくて、その後いったのは実際には一度きりの気がする。その年は亡夫の十三回忌にあたる年で、忌日にとくに何かするわけではないのだが、一時期は電信柱をみても涙がとまらないような時期があったことは確かである。このブログもほとんど更新していない。それで伊丹将棋センターにも行っていなかったのだが、近くにそういう場所があって、無愛想だが細やかに気を配ってくれる老席主がそこにはいて、そこへいけば木のすべらかな駒を古いしっかりした二寸盤に並べて、ほかにはなにもなくただ時間が過ぎていく、そのことが少し心の救いになっていた面はあった。その一度いったときに、子ども教室に混ぜてもらって、それはプロ棋士である森信雄七段が隔週で教えにくるのだが、森先生も優しい方で、その人柄に接して嬉しかった。ただ、この子どもたちはみな亡夫がなくなった後に生まれている、あるいはあの年に生まれている、そのことに気がついたとき喉がなにか真っ黒なものにふさがった気がして、叫びだしたくなった。帰り道ただそのことばかりを考えて、胸が苦しくてたまらなくなった。

森先生のブログに伊丹将棋センターの記事があるのに気づいて意識的に読むようになったのは去年のいつ頃だろうか。梶井さんが入院していて、というのを短期のことであるように少し楽観的に自分は考えていて、なのでそのうちまた戻ってきて、あそこにちんまりと収まって座っている、ような気分でいたのだが、梶井さんはお亡くなりになった。そのこともまた森先生のブログで知った。

道場がどうなるのだろうと自分はまずそのことが気になった。梶井さんの不在をきちんと受け止めるには、梶井さんとはご縁が薄すぎて、ただあの場所がどうなるのかそのことが気がかりだった。それで次の火曜日、自分がはじめて伊丹将棋センターへいったのと同じような時刻にとりあえず様子をみにいってみた。灯りがあった。人がいた。森先生もいた。道場では恒例の火曜ナイターというリーグ戦をやっていた。三局あるなか、対抗形の終盤の将棋に人が群がっていて、わたしもその攻め合いを面白くみた。おわって立ち去りがたく佇んでいると、森先生が声をかけてくださり、六枚落ちで一局教わった。角を切るべきところ▲92香成としてしまい駒もぼろぼろ渡し、ひどい作戦負けだったのだが、上手の攻めを辛くも受け切って最後は上手玉を即詰みにした。感想戦のあと「次からは四枚落ちで指しなさい。六枚落ちばかり指していると、六枚落ちの将棋になってしまうから」といわれ、嬉しかった。この数年余、詰将棋をしたり棋書を読んだりしていたことは無駄ではなかったのだなと思った。その心の弾みで、少し大胆になって、「今後はどうなりますか」といちばん訊いてみたかったことを口に出すと、「年内は営業を続けるときいています」と森先生が仰られた。日曜日は毎週、火曜日は夕方から隔週で、ということである。

昨日の火曜日、伊丹将棋センターを訪れると、やはり火曜のリーグ戦を数人が指していた。おじさんに混じって少年少女もいた。森先生に「指しますか」といわれるのを期待していなかったといわれれば嘘で、棋譜を取るつもりで更のノートを持参したくらいである。実際には嬉しさで舞い上がってしまってノートをだすのを忘れたのだが(図面はその場で書かず、携帯で写真にとればよかったんですね)。そしてやはり先生を前にするというのは緊張するもので、なので上手が端歩をつくまで右桂も落としていることに気が付かなかったくらいである。五枚落ちの手合いがあるのは Kifu for Windows のメニューにあるくらいで知らなかったわけではないが、棋譜をみたこともなくましてや指すのもはじめてで、緊張した。結果はぼこぼこにされて「これはもうだめですね」と投了を勧告されました。前回の六枚落ちもそうなのだが、仕掛けるべきところひるんで却って悪い手を指すのがわたくしの弊であるようなのだ。攻め始めたら勇気をもって攻め切るのが大事と教えていただいた。感想戦ではわたくしが損ねてしまったところからもう一度教えていただいて、それは気持ちよく王手をかけ駒が入り、ちょっとリスクをとった先に夢のような沃野があるのを見せていただいた。こうなると将棋って楽しいですよね。普段観戦している平手だとありえないような勝ち方なのでなおさらそう感じられる。また森先生に教えていただく機会があるかどうかはわからないが、昨日教えていただいたことを大事に覚えていたいと思っている。なお伊丹将棋センターの次の営業日は来週の日曜31日13時からということである。

*1:なお伊丹将棋センターにも碁盤は三面ある。打っている人をみたことはないけれど。

*2:関西将棋会館道場KOFの打ち合わせで福島にはなんどかいったことがあるので前は通りかかったことがある。立派な建物であった。

*3:十三にも将棋道場がある。梅田側の改札を京都線のほうへ出て、少し歩く。なぜそんな細かいことを知っているかといえば以前十三を歩く機会があったときに場所を確かめにいったからである。ちなみにそのとき入らなかったのは勇気がなかったからではなく、夜だいぶ遅くもう閉まっていたからだった。